コンサルタント弁護士・籔本恭明(やぶもとやすあき)
経営の視点
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 事業承継(その38)子孫のために美田を残さず
 事業承継(その38)子孫のために美田を残さず
作成:2016年5月22日(日)
事業承継(その38)子孫のために美田を残さず
西郷隆盛は、「子孫のために美田を買わず。」という言葉を残しました。
この西郷の言葉が元となって「子孫のために美田を残さず。」という言葉があります。
美田があるが故に子孫が争っては、美田を残した親は浮かばれません。
 個人の相続に着目すると「美田」は財産一般ということでしょうが、企業経営でいう「美田」は、企業の経営権だと考えられます。
とりわけ、巨大企業をめぐる支配の欲望の闘争が悲劇を生むのは、むしろ当然の結果ともいえるでしょう。

ダイエー
1957年に中内功が大阪千林に1号店を開いたダイエーは、我が国のファミリービジネスの継続性を考える際に、研究するべきケースです。
功、博、守、力の4人兄弟の葛藤は骨肉の争いと言ってよいものでした。
血の承継にこだわった功氏は有力幹部を次々と放逐しました。
1983年から三期連続で連結赤字となったダイエーは、業績を回復させるためヤマハ社長だった川島博を副社長に据えました。その結果、ダイエーはV字回復を果たしましたが、V字回復が成功すると、功氏は第一線に復帰して、有利子負債を膨らませました。長男の潤氏は33歳でダイエーの副社長に就任し、次男の正氏は福岡ダイエーホークスのオーナーに就きました。
ファミリー経営を貫徹させようと、功氏は住友銀行から融資を受けて、弟・力氏の持分を買い取りました。功氏の晩年からは、家業としての理念よりも血族の支配を優先してきたように思えるのです。企業が巨大化してしまい、もはや同族だけではコントロールできなくなっていたにもかかわらず、子孫に美田を残そうと無理をしたことが、ファミリー企業の承継の妨げになったと言えるのではないでしょうか。

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