コンサルタント弁護士・籔本恭明(やぶもとやすあき)
経営の視点
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事業承継(その1)「事業を起こすことと、事業を守ること」
事業承継(その1)「事業を起こすことと、事業を守ること」
作成:2016年3月26日(土)
「事業を起こすことと、事業を守ること」
 事業を始めることは比較的簡単です。
 しかし、事業を成功させることは本当に難しいことです。
 まして、事業の成長を継続することは更に難しいものです。
とりわけ、何代にもわたって事業を成長させていくことは至難の業といえるでしょう。事業を起こすことを創業、事業を継続することを守成といいます。
 天才が一人いれば創業はできます。
しかし、天才が一人では守成はできません。
守成は、多くの人の力を借りなければできません。
創業のための能力と、守成のための能力とは違うものがあります。
 さらに代を越えて事業を承継させるには、多くの人の力を借りるだけではだめで、承継者を育てるという大仕事が待っています。
 啐啄同時という言葉があります。
鶏の雛が卵から生まれ出ようとするとき、殻の中から殻をつつきます。
そのとき、親鳥は殻の外から殻をつつきます。
雛が中からつつくことを「啐」、親鳥が外からつつくことを「啄」といいます。
啐と啄が同時であってはじめて、殻が破れて雛が無事に産まれてくるということを「啐啄同時」というのです。
 事業承継も同じことで、現経営者が承継させようと努力しても、承継者がその気にならないと成功しません。
 ここに帝王学が必要とされる由縁があります。
 帝王学とは、王家や伝統ある家系などの特別な地位の後継ぎに対する、幼少時から家督を承継するまでの特別教育のことです。
単に支配のスキルや知識を教えるだけではなく、人間形成まで含む全人的教育が帝王学です。
 帝王学の教科書を一つ挙げるとすると、「貞観政要」ということになるでしょう。
孔子の論語も帝王学の教科書の一つと言えるでしょうが、これは、官吏のための心得です。
また、経営者に「孫子」は好まれますが、これは、孫武の孫子は作戦参謀の教科書であり、帝王学の教科書とニュアンスが違います。
統治のための教科書として「韓非子」も有名です。三国志で有名な諸葛孔明(諸葛亮)は、劉備玄徳の子供である幼帝劉禅に贈ったのが法家の「韓非子」でした。
しかし、「韓非子」は、分断されていた君主の権力を法によって統合しようとした法家の考えに基づくもので、現在の複雑化・高度化した企業の経営にそぐわないでしょう。
秦の2代目皇帝・胡亥は、補佐役である趙高から法家の考えを叩き込まれたため、即位すると、臣下や親族を次々殺し、暴虐の限りを尽くし、たちまち秦は滅びます。
現代のグローバル経営においては、法家のように本社が規則でしばって全世界を一元管理することが適さないのです。
もっとも、規律の緩みを心配される企業の経営者の方には、韓非子を貞観政要と併せて読むことをお勧めします。
とりわけ、韓非子に書かれてある君主を操る八種の害悪(八姦=同床、在旁、父兄、養殃、民萌、流行、威強、四方)は、承継者の心得として貴重なものです。
翻って、現代の事業承継のための帝王学の教科書として「韓非子」だけというのは、心持たない限りです。
やはり、貞観政要に勝る教科書はないと言っていいでしょう。
 貞観政要は、唐の史官である呉兢が編纂したとされ、名君太宗と家臣との政治問答を通じて守成には何が必要かについて説かれている本です。
唐の名君・太宗は、軍事的な才能に長けていましたが、626年に2代目皇帝に就いてからは守成に努力しました。
国家においても、戦によって天下を取ることと、天下を取った後に国家を統治していくこととは違うように、企業においても、起業することと、起業した後に後継者を育成し事業を継続的に守っていくこととは違います。
創業と守成とは違うのです。
帝王学とは、創業の学ではなく守成の学といっていいでしょう。
創業者は、武で天下を制したとしても、承継者は、武と文の両輪が必要となります。
創業後は、創業者は、次の承継者の育成に取りかからねばなりません。
承継者が正しい経営ができるように、守成の体制の整備に精を出さないといけないです。
貞観十年、太宗は、侍臣に言いました。
「帝王の業は、草創と守成といずれが難しいか。」
房玄齢は、「草創が難しいです。」と答えました。
しかし、もう一人の臣である魏徴は、「既に得た後は、志や趣旨が、驕逸に走ってしまいます。守成が難しいです。」と答えました。
太宗は、「草創の困難は既に過ぎ去った。皆と守成の困難に慎重に対処していきたい。」と述べました。
 守成は難しいものです。
 どうか多くの経営者の皆さんが、この事実を直視して、できるかぎる早くから守成の体制固めと承継準備に取り掛かって頂きたいと切に望みます。

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