コンサルタント弁護士・籔本恭明(やぶもとやすあき)
経営の視点
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史記に学ぶ事業承継(3)
史記に学ぶ事業承継(3)
作成:2012年5月3日(木)|更新:2013年5月14日(火)
修身・斉家・治国・平天下
朱子学でいう「修身・斉家・治国・平天下」について考えてまいります。
堯の後継者としての白羽の矢が当たったのは、父に命を狙われても孝養を尽くす舜でした。(修身)
舜は、堯から様々な課題を与えられて、これを乗り越えて行きます。
その与えられた課題とは、堯の2人の娘とめあわせられ、どのように家庭を治めていくか。(斉家)
次に堯は舜に五常の教えを司る職、百官を統括させる職に就け、どのように治めていくか。(治国)
次に堯は舜に賓客を接待させ、どのように処するか。(平天下)
ここまでは、朱子学でいう「修身・斉家・治国・平天下」そのものです。

しかし、堯が舜に与える試練はこれにとどまりません。
次に堯は舜に自然の中に行かせ、暴風雷雨に遭って道に迷わないか。
古代中国では、自然を知るという霊能力を重視していたと思われます。
項羽が四面楚歌の中、烏江で死を迎える直前に「天から見放された」と運命を受け入れる場面があります。
易経革命の思想についても、「天」がどのように考えているか、天意を非常に重んじています。
帝位の承継を考える際に、天意に沿った承継であるかどうかが大切なのでしょう。
「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」という言葉で有名な陳勝が、始皇帝の死後、農民反乱を扇動する際に、調理する魚の腹に「陳勝が王になる」と書いた布を入れさせたり、夜に火を炊ぎキツネのような声で「陳勝が王になる」と言わせたり、天意を演出する者も出て来ます。
現在でも権力承継の正当性を意識づけるために、自然現象の徴候が現れたと報道する国もあるようですから、天意を重んじることは人間の本性に根ざしたものかもしれません。
孔子が「怪力乱神を語らず」といったことから朱子学でも「天意」を言わなくなったのでしょう。
確かに、論語では孔子が弟子に「天」を教える姿は語られていません。
しかし、孔子の後継者と目されていた顔回の死に際し、「天われを喪ぼせり」と孔子の慟哭の様が伝えられています。
また、匡において命の危険に晒されたときに、孔子は、「天の未だ斯の文を喪ぼさざるや。匡人其れ予を如何せん。」と、天の意思に逆らって私を亡ぼすことはできないと、確たる信念を表明しています。
孔子が南子と遭った時には、「予が否き所の者は、天これを厭たん。」と、孔子に間違いがあれば天が身捨てるだろうと、天が吉凶禍福の因果を支配していることへの確信が宣言されています。
朱子学の「修身・斉家・治国・平天下」には、天意への畏敬が前提となっているのでしょう。

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