コンサルタント弁護士・籔本恭明(やぶもとやすあき)
経営の視点
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史記に学ぶ事業承継(2)
史記に学ぶ事業承継(2)
作成:2012年5月2日(水)|更新:2013年5月14日(火)
舜は、帝位を受けるまで堯の息子丹朱に帝位を譲ろうとします。これは決してポーズをとっただけではないでしょう。
事業承継に関して、息子が継承することが周囲から認められやすく、これに逆らって舜が最初から承継していたなら余計に恨みを買ったことでしょう。
唐の太宗は、兄の建成や弟の元吉と比べて能力的にすぐれていたものの、建成に命を狙われ終に玄武門の変で建成と元吉を殺して天子の位に就くことになります。

現代における企業の事業承継についても創業家の重みというものがあります。
578年に四天王寺建設のため聖徳太子が百済から招いた宮大工の一人金剛重光により創業された金剛組は、世界最古の会社として有名です。2007年の売上高は57億円。創業から2005年まで創業家が経営してきました。経営不振から高松コンストラクショングループに100%子会社として傘下に入った際、創業家である金剛利隆氏が金剛組存続の象徴として相談役に就任しました。
1937年創業のトヨタ自動車は、資本金3970億円、連結売上高20兆5295億円、従業員数32万人の日本を代表する自動車会社です。
1992年豊田章一郎が社長を退いた後、弟の豊田達郎が社長に就任しましたが、1995年に倒れた後は、奥田碩、張富士夫、渡辺捷昭とファミリー以外からの社長が続きました。トヨタ自動車において、株式会社豊田自動織機を含めて創業家の持株比率は15%程度ですが、奥田碩会長は豊田家をトヨタの旗と表現しています。2009年から豊田章男が社長を務めていることはご存じのとおりです。
武田薬品において武田國男氏が社長に担ぎ出されたこと、金剛利隆氏が相談役に就任したこと、奥田会長が「旗」と表現したことは、創業家の求心力を物語っています。
ジャパン・フード&リカー・アライアンスの小林武司社長は、「創業家の後継者がいない会社の再生は引き受けない。・・・親会社が送り込む人材だけでは顧客や地域に容易に受け入れられないからだ。」と言っています。(日本経済新聞社編「200年企業」)

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