コンサルタント弁護士・籔本恭明(やぶもとやすあき)
経営の視点
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史記に学ぶ事業承継(1)
史記に学ぶ事業承継(1)
作成:2012年5月1日(火)
史記を書いた司馬遷は、李陵を弁護したというだけで漢の武帝に宮刑に処せられます。宮刑とは、別名腐刑ともいい、男根を切断する刑です。傷口から腐臭がにおうことから腐刑と言われたと言われています。
司馬遷は、出獄して中書令という宰相にも比肩する要職に就きます。当時、内廷に出入りできるの男子は去勢されたものに限られていたのです。
正しく、人生は塞翁が馬。宮刑に処せられた故に要職に就き、史記を書くことが出来たのです。

史記は五帝本紀に始まります。
孔子が理想とした堯・舜は德によって世を治めたと言われています。
堯は、自分の後継者に、息子である丹朱を立てず舜を選びます。
舜の実父は舜の義理の弟と一緒になって、何度も舜を殺そうとします。
しかし、舜はそれでも孝行者として世に名を知られるようになります。
カインとアベルと同様に、肉親による嫉妬というテーマは古今東西散見されます。
中国では、それでも孝養をつくす人物を、立派としています。
堯は、舜に娘二人と住まわせて家が治まるかどうか確かめます。
そして、舜に政治をさせ人民を五常の教え(父は義、母は慈、兄は友、弟は恭、子は孝)に導くことができるか、百官を統括することができるか、諸侯から敬愛されるかどうか、自然に迷わないかどうかを確かめた上で、堯は舜に帝位を譲ります。

堯が亡くなると、舜は堯の息子に帝位を譲って、河南に移り住みますが、諸侯は丹朱のところに行かず舜のところに行きます。訴訟がある者は、丹朱のところに行かず舜のところに行きます。
舜は、「天也夫(天なるかな)」(これが天意というものか)と帝位に就きます。
中国でも、息子に譲ることは自然なことでした。
しかし、堯のように、国民全体の利益を考えて、息子の丹朱ではなく舜を後継者に選びました。
このように国民全体の利益を優先することが理想の統治者像だったのです。
また、身うちから命を狙われても孝養をつくす人物が理想の人物だとし、家族を治め、国を治め、天下を治める人物を後継者に選んでいる点も、德による統治の思想が現れています。
現在、家庭が丸く治まっているかどうかを後継者に選ぶ基準にしている企業は少ないでしょう。
しかし、修身・斉家・治国・平天下という基準は現在でも一考する価値はあります。

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